夜這い(よばい)
寝苦しい夜であった。
妙(たえ)は、目が覚めて寝返りを打った。
ふと隣で寝ているはずの夫の布団は、もぬけの殻になっている。
『トイレにでも行ったのだろう…』そう思いながら、またウトウトとした。
香川県さぬき市の東の外れにある、ここ阿彌陀寺(あみだいじ)は高台にあり、真夏でもそう暑さは感じないのに、今日は如何したことだろう?
先代の住職であった父親が亡くなり、入り婿である夫が後を継いで早、17年が経った。
夫は、僧侶というより今風の草食系の二枚目で金遣いが粗く、ベンツを乗り回していた。檀家も2代目、3代目となって、都会に移り住む人が多くなり、減少して、収入は激減し、妙は気が気ではなかった。
蒸し暑さで、また目が覚めた。
玄関の引き戸微(かす)かに閉まる音がした。ふと枕元の置時計を見ると4時を少し回っていた。
暫らくして、夫が布団に忍び込む気配がした。
「お早うございます」朝のお勤めを終えた夫にお茶を入れながら「昨夜(ゆうべ)はとても暑かったですねー 私、何度も目が覚めちゃって」
「そ、そうやな」夫の狼狽(あわて)ぶりが可笑しい。
次の日の夜中、妙は寝入ったふりをして、そば耳を立てていた。
夫が次の間で着変えをしている気配がした。
玄関の引き戸が音を殺したように開いた。
妙は暫らくして、裏木戸から後を追った。
ジーパンにハンチング帽子を目深にかぶりサングラスをしている。真夜中と云うのに…。
『もしや美鈴(みすず)の所では?』私の勘は的中した。
美鈴は、華奢な身体をした別嬪(べっぴん)さんだった。
私より5歳ほど若く、まだ35、6位だ。
30も年上のこの村きっての資産家の後妻になったが、去年脳卒中で旦那に先立たれた。
夫は夜毎、美鈴の所に夜這い(男が女の所に夜、通うこと)していたのである。
外の月明かり以外、家の中は真っ暗闇だ。
「おまっとうさん」夫は、手なれた仕草で、美鈴の寝間にもぐりこんだ。
『?……』いつもの乳房とは何かがか違う。美鈴の乳房は小ぶりだが張りきっている。
今日のは、何だか大きいが張りがない。
それに、美鈴お気に入りのディオ―ルの甘い香りではなく、お香の匂いがする。
『俺の移り香が染みついたのかな?…』
そっと股間に手を入れる。
だが、いつもよりしめりっ気が少ない。
しかし、この感覚、記憶(おぼえ)がある。
「あんた、久し振り…… ふ・ふ・フフフ」
天窓から射し込んだ月明かりに、妙の不気味な形相が、くっきりと浮かんだ。
-fin-
2014年7月課題
OOを▲▲と間違ってしまった。から始まるフィクションを創る。