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滑り込みセーフ

 『カーン』
 観衆が立ちあがる。次の瞬間『ウォ―』と、言葉にならないどよめきが湧きあがった。
白球が宙を舞い、左中間を深々と破った。
 俺は全速力で走り抜け二塁に滑り込んだ。
日本シリーズ最終日は、俺の2ベースヒットで、逆転優勝したのである。
 遠くの方で、仲間たちが、跳び上がってバンザイをしているのが見える。
 暫らくして、俺が倒れ込んだままなのに気付いた仲間たちが、駆け寄って来た。
 そして俺の意識は遠のいていった……

 どのくらいの時間が経ったのだろうかー。
 時々、妻や子供達が『パパ―』と叫ぶような気もしたが、如何もはっきりしない。
 ふと見ると、清らかな川の向こうで、天女のような薄紅色の衣を纏った美しい人が、手招きをしているではないかー。
俺は助平根性をだして、とうとうその川を渡ってしまった。
 川を渡ると大きなバスが二台止まっていた。
「試験会場行きのバスが間もなく発車いたします。カードの色と同じバスにお乗りください」入り口で手渡された俺のカードは青だった。もう一台は赤だ。バスの中は、500人位の人で犇めき合っている。なのに如何いう訳かフワフワして全く窮屈さを感じない。
 30分くらい走って、バスは止まった。
 会場は、大勢の人で埋め尽くされていた。優に千人を超えていたのではないだろうか。
間もなく、テスト用紙が配られた。
 テストとは名ばかりで、まるでアンケートみたいだった。100問で1000点満点だ。
『貴方は何回嘘をつきましたか』一問毎に、1~10段階ある。『浮気は何回しましたか』『オナラは一日何回しますか』何だか変な質問ばかりだ。そして一番困った質問があった。『貴女は何回盗みをしましたか』『?…』俺は迷った。俺の野球人生の中で、何度盗塁した事だろう。プロの世界に入っても、何度も『盗塁王』に選ばれた。少年野球の頃から、足の速かった俺は、何時も盗塁ばかりして、点を稼いだ。矢張り盗塁も盗みなのか…?
 テストが終わって外に出たら成績表を渡された。『ん… ハヤッ!』ソッと覗いたら6〇〇点だった。『矢張り盗塁がひびいたか』
 しかし、6〇〇点以上は天国行き。
 此処に来てまで〝滑り込みセーフ〟か…
 前を見ると白い髭をたらした仙人みたいな老人がニコニコしながら手招きをしている。
「良かったのう、天国に行けて…」
 俺は天国行きのバスに乗り極楽1丁目で降ろされた。極楽1丁目~4丁目終点が天国だ。
 あの世に来たばかりの者は、まずここで降ろされる。49日を過ぎれば極楽2丁目、1年経つと3丁目。
3年目で4丁目。7年も経つ頃には終点の天国についている。
 下界では俺の告別式が行はれ、長男の健一が、始球式をしているのが雲の間から見えた。


-fin-


2013年8月課題
  『こんな試験があったら、良いのにな?』
 想像力を広げて、思いっきり嘘物語を書く。

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